桜井 博志氏

旭酒造株式会社 代表取締役社長 桜井 博志氏に、逆境「ピンチ」をいかに「チャンス」に変えていくか。また、逆に「チャンス」と思えている時はピンチでもあるという話をお伺いいたしました。新任取締役・執行役員の方に向けての力強い動画メッセージもいただいておりますので、ぜひご覧ください。

インタビュアー:一般社団法人日本能率協会 井上

特別メッセージ動画 
~新任取締役・執行役員の方々へ

「ピンチはチャンス」とは?

(井上) 初めはお考えになっている経営者のあり方について話していただきます。
どうぞよろしくお願いします。
本当にすごい人気がありますね。
(桜井社長) いえいえ。
(井上) きょうは本当に面白い話をいくつかいただきました。
恐らく社長に就任なさったときには、逆境がたくさんあったと思います。
逆に今の状況を考えてみますと、大変な部分はもちろんあるでしょうが、業績をしっかり伸ばされています。
逆境に立っているときと、勢いに乗っているときでは、経営者としての立ち位置に違いはあるのでしょうか。それとも、不変なのでしょうか。
(桜井社長) 不変ではないと思いますね。
だけど、問題は「ピンチはチャンス」ということなのです。
ということは、チャンスに思えているときは、逆にピンチでもあるわけです。
例えば今、うちの会社で何が起きているかというと、酒がものすごく売れています。
だから、感覚的にいうと、製造量の倍ぐらいの注文があるように感じています。
そうすると、何が起きるでしょう。
例えば、営業は酒を売らなければいけないところです。
ところが、酒が足りないという話が酒屋から届きます。
お客さんからもなかなか酒を買えないとクレームが来ます。
これに営業の社員が身構え始めるのです。
やはり怒られているわけですから、身構えてしまう社員がいます。
例としてこういうことがありました。
このお盆の前に在庫がちょっと多くなり、「どうしてこんなに在庫があるのだ」という話になりました。
この在庫をすべてお客さんに出したら喜んでもらえると思ったのですが、営業社員は足りなくなったらいけないと考えて在庫を確保したようなのです。
8月15日前のお盆の前ですよ。
お客さんからしても、最も酒が必要になる時期です。
友人知人や親戚に贈り物をしたり、お盆に実家へ戻る息子と飲もうと思ったりするわけです。
親父のところに持っていこうと考える人もいるでしょう。
それなのに、お客さんに喜んでもらうことより、自分たちが安定して酒を出荷する方に気持ちが向いてしまっているのです。
どうしても社内の発想がおかしくなることがあります。
だから、企業の業績が伸びているときは、ピンチを招く芽が生まれつつあると考えています。
逆境のときはもう、何でもやらないといけません。
気がついたことから1つずつつぶしていくわけですが、伸びているときは常におかしくなるきっかけが芽生えようとします。
だから、それをどうやってつぶしていくのかが大切です。
その意味では悩みは一緒ですよ。

チャンスとピンチで経営者の悩む量は変わるのか?

(井上) 業績や状況よりも、常に何らかのリスクの芽を摘まないといけないわけですね。
(桜井社長) ずっと見ていて思うのは、経営者が悩むことはいつでもこれぐらいなのです。
非常に大きなピンチでもこの程度です。
好調なときもあれこれ取り越し苦労をしていますから、経営者が悩む量はそんなに変わらないように感じます。
(井上) それは面白い話ですね。
逆境のときもそうでないときも考える量は同じですか。
(桜井社長) そうです。
だから、本当にピンチになっても、そんなに悩む必要はありません。
どうせ悩んだところで、一緒ですから。
(井上) 本当にピンチになっても、できる量は決まっているのだから、その範囲内で何でもやればいいのだということですか。
(桜井社長) そういうことですね。
やれることを全部やっていけばいいだけのことですから。
(井上) 今のチャンスとピンチの話はすごく分かりやすいですね。
昔を考えたら、残念ながら社長に就任したとき、あまり良い酒ができなかったそうですね。
営業は何とか売ろうと頑張っていました。
今の営業の方の身構えは、同じ仕事なのにずいぶん変わってしまいましたね。
(桜井社長) そうですね。
だいたい最初の何でも売らなければならないときの方が、本来はおかしいのですが(笑)

会社を動かす「できない」前提とは?

(井上) 経営者の心構えとして最近、特に考えていることはありますか。
意識の部分だけでなく行動も含め、社長自身が常に磨いているところはどこでしょうか。
(桜井社長) そうですね、常に「できていない」という前提で物事を進めている点でしょうね。
(井上) うまくいっているときでも?
(桜井社長) はい、これは自分のことだけではありません。
この前もうちの役員を集めて話したのですが、売り上げ規模で240億円ぐらいの酒蔵ができたとします。
その酒蔵がきちんと動いていくためには、組織や人材は1,000億円ぐらいを動かしていくことを考えておかないと、思うようになりません。
だから、240億円を目標に人材を育てていたのでは、とても間に合わないのです。
うちの会社は5人の社員と私で始まったようなものです。
ということは、社長は酒蔵のおっさんですね。
1,000億円を動かす食品メーカーの社長になったことはありません。
社員にもハーバード大学で経営学修士を取得した者も1人もいません。
だから、どうせそんなことはできないだろうと思ってしまいがちですが、それでも何とかしなければなりません。
それで、社員に成長して変わってもらわなければならないという話をしています。
(井上) できない前提で、自分たちがどうするかということですね。
(桜井社長) そうです。
自分たちができるという前提で、結果を残せていないなら、社長や会社に評価されていないことになります。
でも、できない前提ならそうはなりません。
誰もできないのだから、その中でどうやればいいのかを考えようと、みんなにいっているのです。
まあ、いいわけみたいな感じもあって、みんなを一生懸命煙に巻いているところもあるのですがね。

できない理由を挙げる社員へのアプローチは?

(井上) 社長が「逆境経営」という本の中で書かれていますし、きょうの話の中にも出ていましたが、社長の周りの部下らからうまくできない理由ばかりが上がってくることがありますよね。
そんなとき、彼らに対し、どんなアプローチをするのが良いのですか。
(桜井社長) はっきりいえば、うまくいかない理由をいくら出しても、できなければ会社はつぶれていきます。
だから、できない理由を出してくる社員を認めてはいけません。
あいつはクビとか、配置転換とかいうわけではないのですが、彼らの発言を認めてはいけないわけです。
(井上) できない前提でやるというスタンスは、できるようになるまでとことん続けるということになりますか。
(桜井社長) もちろんその通りです。
やらないとこの会社は回らないということを、シンプルに伝えていくしかありません。
一般的な答えみたいなものはないように思います。

役員が仕事を楽しむことの大切さとは?

(井上) 最後にこのビデオを使い、これから会社を担っていく受講生に何らかの応援メッセージを社長の言葉でいただければと思います。
(桜井社長) みなさん方はこれから会社へ戻って役員として会社を引っ張っていくことになります。
会社というのはみんなが伸びていくとか、みんなで頑張ってといいますが、それだけではやはり回りません。
中核になる何%か、ひょっとしたら1%に満たないかもしれませんが、みなさん方のような人が会社を背負って、将来を目指していくしかないと考えています。
その意味でいうと、みなさんは非常に幸せで、面白い人生を送ることになります。
ぜひ、仕事を楽しんでください。
(井上) 応援メッセージありがとうございます。