2021年のコーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)改訂で、上場企業には人的資本の開示が求められるようになり、スキルマトリックスの作成を急ぐ会社が急増しています。この記事では、スキルマトリックスがもつ役割と活用プロセスについてお伝えします。
スキルマトリックスとは
経済産業省が策定した、社外取締役の在り方に関する実務指標(2020年)には、「スキルマトリックスとは、取締役会に必要なスキルを分野ごとに表にまとめ、どの取締役がどの分野について知見や専門性を備えているかを示した表のこと」とあります。企業に複数の取締役が存在するのは、それぞれが得意とする知識やスキル、異なる経験を持ち寄ることによって、会社経営にさまざまな価値が生まれ、持続性の高い強固な組織を作ることができるからです。であれば、取締役会を構成する顔ぶれは、知見やスキルが偏らないよう、多彩な経験やスキルを持つ多様なメンバーを選任する必要があります。
スキルマトリックスを作成すると、取締役やその候補者が保有するスキルが可視化されるため、取締役会全体のスキルバランスが客観的に把握できるようになります。
スキルマトリックス導入の背景と現状
スキルマトリックスの公表は、2000年代後半、国際金融危機をきっかけとして北米の企業を中心にはじまりました。日本では、2016年に東京証券取引所が発行したコーポレートガバナンス・コードで推奨されて以後、年々導入企業が増加しています。スキルマトリックスの導入を加速させたのは、冒頭にも述べたとおり、2021年に行われたコーポレートガバナンス・コードの改訂です。
今後は株式上場を目指す企業でも、スキルマトリックスを開示する企業が増加するものと思われます。
スキルマトリックス開示のメリット
スキルマトリックスを作成・開示するメリットは、以下の3点です。1)取締役のスキルや知見が可視化されることで、取締役会全体として足りないスキル、過剰なスキルが客観的に認識できるため、社内外で新規に取締役を登用する際、選任の根拠が明確になり、選解任プロセスにも説得力が増す。
2)スキルマトリックスには、中長期の経営戦略の実現に合致したスキル項目が盛り込まれるため、取締役会全体の共通認識が作りやすくなり、“明日の企業”の姿に向かってブレのない、強固な組織作りにつながりやすくなる。
3)外部からも、会社の取り組みや経営能力の判断がしやすくなり、会社経営の透明性が確保される。株主、投資家をはじめ、すべてのステークホルダーとの信頼構築につながり、建設的な対話をおこなう土壌が整う。
スキルマトリックス作成に必要なもの
スキルマトリックスを実際に作成する際には以下のような準備が必要となります。 1)中長期の経営戦略を策定する まず明確にすべきは、会社の中長期戦略やビジョンです。この内容によって、スキルマトリックスに盛り込むスキルの内容は変わってきます。逆にいえば、戦略やビジョンが設定・変更されるたびに、スキル項目も見直す必要があるということです。 2)取締役会として備えるべきスキル項目を特定する 自社の策定した中長期戦略、ビジョン、また企業のミッションやフィロソフィーも踏まえて、取締役会が備えるべきスキル項目を特定します。「なぜそのスキルを保有していることが望ましいのか」までメンバー全員が説明できる状態にしておけば、より強固な組織である印象を与えられます。 3)取締役会メンバーのスキルを棚卸しする 前項で特定したスキルをどの役員がどの程度保有しているのか、確認・評価します。自己評価ではなく、どこまでのスキルレベルを持つ人材が取締役としてふさわしいのか等、スキルマトリックスに記載するための客観的な指標を決めておくのが望ましいでしょう。 4)スキルマトリックスを完成する 1〜3のプロセスを経て、取締役各メンバーのスキルを表に記入し、スキルマトリックスを完成させます。スキルマトリックスに盛り込む項目
どの企業にも共通して必要な項目、事業内容に応じて企業ごとに変わってくる項目、時事テーマに関する項目、経営戦略やビジョンに照らして盛り込むことが望ましい項目等が考えられます。自社にふさわしいスキル項目を十分に議論したうえで、確定させましょう。以下に、スキルマトリックスに盛り込む一般的な項目(例)お示しいたします。
《共通する項目の例》
- 企業経営
- 財務/会計
- 監査
- 法務/企業統治
- 人事/労務 等
《事業内容に応じた項目の例》
- 営業/マーケティング
- 技術/テクノロジー
- 製造/品質管理
- 研究開発 等
《時事テーマに関する項目の例》
- ESG/サステイナビリティ
- DX
スキルマトリックスの活用プロセス
スキルマトリックスを作成すると、未来の会社の姿を明確にし、そこに向かううえで取締役会が保有すべきスキル、あるいは取締役にふさわしい人材の姿を特定できます。作成した時点で、すべてのスキル項目が満たされている必要はありません。スキルマトリックス開示後に企業が行うべきは、「取締役向けの研修やトレーニングの実施」「必要な素養を備えた次世代経営人材の発掘・登用の検討」など、今後の対応策をステークホルダーに伝え、着実に実践していくことです。
このプロセスを繰り返すことにより、取締役会の現状とスキルマトリックスが示す理想の姿とのギャップは埋まり、結果として経営戦略の推進や会社の成長に対してプラスの効果がもたらされます。
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